睡眠の都市伝説の真意 =051=

☆彡 睡眠の都市伝説を斬る =三島和夫・睡眠研究者= 彡☆

【この企画は“Webナショジオ・連載/睡眠の都市伝説を斬る”に追記補講した】

え!? 花粉症で眠りの三重苦!!!!  =3/3=

睡眠研究=1

​​ 旧世代の抗ヒスタミン薬を鼻炎+不眠対策に使ってほしくない第2の理由は、そもそも不眠症の治療効果があるか確認されていないからである。  眠気をもたらす物質は山ほどあるが、イコール、慢性不眠症の治療効果がある物質とは言えないのである。  旧世代の抗ヒスタミン薬は慢性不眠症患者を対象にして長期処方したときの効能も安全性も確認されていない。 したがって慢性不眠症の治療効果があると謳ってはいけないことになっている。

にもかかわらず、くだんの旧世代の抗ヒスタミン薬、実は市販の睡眠薬としてドラッグストアの店頭で販売されている。  「ナゼ?? 効果が確認されていないんでしょ?」という疑問を持った方は機会があれば「使用上の注意」をご覧いただきたい。 そこにはこのように書いてある(下線部は筆者が記入)。

こんなとき、こんな方の一時的な不眠に  ○ストレスが多く眠れない / ○疲れているのに、神経が高ぶって寝つけない / ○心配ごとがあって、夜中に目が覚める / ○不規則な生活で、睡眠リズムが狂い、寝つけない

「次の人は服用しないでください。

1.妊婦又は妊娠していると思われる人 /  2.15歳未満の小児 /  3.日常的に不眠の人  /  4.不眠症の診断を受けた人

専門家の私でも、すぐには判別できない注意書きなのである。 服用の際にはご留意を。

花粉症患者は増加する一方で、今や日本人の5人に1人、2000万人以上いると言われている。 この3/4が花粉症による眠りで困っているのだから社会に対する影響も甚大である。 花粉症が車の運転にどの程度影響するか調べたある研究では、8割以上のドライバーが何らかの影響があると答えている。 学校や職場で眠気が出るだけならまだしも、居眠り運転や作業中のけがなどには十分お気をつけください。

睡眠研究=2

=資料・文献 (The Wallstreet Jouurnal)= 

早く、ぐっすり眠るためのヒント(1/2)

すぐに眠り就くことができず、30分以上右や左に寝返りを打った末にようやくうとうとし始める人は多い。 睡眠薬と死亡やがんの罹患(りかん)リスクの上昇の関連性を示す調査結果が最近発表されたことを受け、これまで薬に頼って眠りに就いていたものの、別の解決法を探し始めている人もいる。

米ニューヨーク長老教会病院/ワイルコーネル医療センターのコマンスキー子供健康センターの睡眠の専門家、ハビバ・ベラー氏が、成人と思春期の若者双方にとって、早く、ぐっすり眠りに就けるようにするためのヒントを教えてくれた。

何が人を眠りに落ちさせるのか?

外が暗くなると、周辺光の減少に応じて脳が「メラトニン」というホルモンを分泌し、これが眠気を引き起こす。

早く寝付けるよう、患者にどうアドバイスしているか?

まずは就寝時間を一定に保つこと。特に週末もそうすることが重要だ。 昼まで寝てしまうと、体内時計が完全に狂ってしまう。

次に、暗く、静かな部屋の少し涼しい場所で眠ること。 夜になって体が眠る準備をし始めると、体温が下がり始める。したがって、熱いシャワーを浴びたり、温かい牛乳を飲むなど体温を上げるようなことは控えること。 室温がカ氏75度(セ氏約24度)より高い場合、眠りに就くまでの時間が長くなることが実験で明らかにされている。

同じ理由から、眠る直前に大量の食事を取るのも控えた方がいいだろう。 糖分を分解するプロセスが体温を上昇させるからだ。

睡眠研究=3

 === 続く ===

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民族のソウル・フード探訪 =154=

◇◆ 世界魂食紀行 ソウルフード巡礼の旅   ◇◆

【“NATIONA GEOGRAPHIC/日本語版(文=中川明紀・編集者)”に追記補講】

★   知ってほしいクルドの味 =1/3= ★

​ ​​郷土料理ー1

「ワラビスタンって知ってる?」  池袋で飲んでいた時、友人のMちゃんが聞いてきた。 ワラビスタン……耳慣れない言葉だ。想像もつかないや。 そう答えるとMちゃんはビール片手に身を乗り出してきた。

「埼玉の蕨駅周辺に在日クルド人がたくさん住んでいて、そう呼ばれたりもしているみたい。 1000人以上いるらしいよ」

そんなに住んでるの!? クルド人といえばトルコやイラン、イラクなどにまたがる山岳地帯に住み、ペルシャ語系のクルド語を話す民族。 「スタン」とはペルシャ語で「土地」を意味し、ワラビスタンはクルディスタン(クルド人の土地)をもじって呼ばれているらしい。 「でもなぜ蕨に?」という私の言葉をスルーしてMちゃんは続ける。

「それでね、そこでたまにクルドの料理教室をやっているんだって。 行ってみない?」

クルド料理ってどんな料理なんだろう。やはりトルコやイランに近いのだろうか。 蕨に集まっている理由も知りたいし、これは断る理由がない。 さっそく料理教室を主催する日本クルド文化協会に問い合わせ、参加することにした。

料理教室の会場は蕨駅から歩いて15分のところにある川口市の公民館。 学校の家庭科室のようにキッチン台がいくつも並ぶ部屋で、すでにクルド人の女性たちが準備を始めていた。 「みんなが頭に巻いているスカーフ、小さい花がついているよ。かわいいね!」とMちゃんは早くもウキウキだ。 レース編みだろうか、確かにスカーフの端に繊細な花がついている。

「オヤっていう伝統的な刺繍です。クルドの女性はみんなできますよ」。 黒いスカーフを巻いた女性が教えてくれた。 料理教室の代表を務めるグレさんだ。 トルコでも有名な手芸だそうで、そういえばトルコに行った時に友人がスカーフを買っていたな、と思い出す。

生徒が集まったところで教室が始まった。 今回はサラダ、スープ、メイン、デザートの4品を、4つのキッチン台に分かれてつくるらしい。 クルドの女性たちがそれぞれ担当を持ち、生徒はキッチンを自由に行き来する。 サラダは最後につくるとのことで、まずは3カ所で調理開始。 最も賑わいを見せるメイン料理のキッチンに行き、何をつくるのか問う。

「ドルメ・フシュクです」

クルドの食卓によく並ぶ家庭料理だという。 名前だけではわからないのでキッチンをのぞきこむと、不思議な食材が目に入った。 色は赤と紫、水分がなくシワシワで、ヒモでつながれている。 干し柿をさらに乾燥させたような感じだ。

「干したナスとピーマンです」とグレさん。 ナスやピーマンを干すのかと驚くと、カボチャやキュウリも干すという。 「畑でつくった野菜を干すんです。 遊牧生活を送るクルド人は、夏の間は羊が食べる草が豊富な山で生活します。 干した野菜は一年中食べられるから、保存食として欠かせないんですよ」

干しナスにおいては、富山でも越冬の保存食として食べられている。 しかし、この干しナスが不思議なのは中身がないこと。 「中身はスープに使ったり家畜のエサにしたりします。 ドルメ・フシュクは干したナスやピーマンの中にお米や肉などの具を詰めた料理です」と、ナスとピーマンをもどすために茹でる準備をしながらグレさんは説明してくれた。 茹でている間に中に入れる玉ネギやニンニクを刻むという。

郷土料理ー2

=資料=

クルディスタンは、トルコ東部、イラク北部、イラン西部、シリア北部とアルメニアの一部分にまたがり、ザグロス山脈とタウルス山脈の東部延長部分を包含する、伝統的に主としてクルド人が居住する地理的領域のこと。 チグリス・ユーフラテス川の中上流域を中心に広がる山岳地域。 面積は約392,000km2。 「クルド人の地/国」を意味する。

クルディスタンという名称は、12世紀にセルジューク朝アフマド・サンジャルがエルデランに相当する地域(今日のイランのコルデスタン州とほぼ一致)に設置した州の名前として、はじめて使われた。 今日、クルディスタンとして知られている地域はペルシアとメソポタミアの間、ヴァン糊の南と南東の高山地域のことである。

古代ローマはその絶頂時に、クルド人が住んでいる広大な地域、特に中東の西と北のクルド人地域を支配した。 カルドゥチのようなクルド人王国は、ローマ帝国の封建州となっていた。 紀元前189年から384年、古代カルドゥチは北メソポタミアを支配した。

この王国はティグラナケルト (Tigranocerta) の東に存在した。 トルコの南東にある今日のディヤルバクルの東側および南側に相当する。 カルドゥチは384年までローマと同盟状態にあった。

「クルドの地」の語が初期の記録に現れた一例として、シリア語でのキリスト教の文章がある。 この文章は中東での聖アブディショの様なキリスト教の聖者を記述している。 サーサーン朝のマルズバンがアブディショに出身の地を聞いた際に、彼は両親がアッシリアの村ハザ (Hazza) の出身であると答えた。 そこは、アブディショによると「クルドの地」であった。 この村は、現在のイラクとトルコの国境の北、現在のアルビールの南西12kmに存在する村落である。

郷土料理ー3

 === 続く ===

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