民族のソウル・フード探訪 =156=

◇◆ 世界魂食紀行 ソウルフード巡礼の旅   ◇◆

【“NATIONA GEOGRAPHIC/日本語版(文=中川明紀・編集者)”に追記補講】

知ってほしいクルドの味 =3/3= ★

郷土料理ー1​ ​​

 さあ、待ちに待った試食の時間。 まずはロホケ・マストをいただいた。 ピリッと辛いがヨーグルトの風味がさわやか。 まろやかな舌ざわりでコクがある。 クスクス団子もピリ辛だがモチモチとしてかむほどに甘みが広がる。辛み、甘み、酸味に羊肉のうま味と、いろいろな味が合わさって生まれる複雑な味わい。 ついつい後を引いてしまう。

ドルメ・フシュクはけっこう酸味が強くてさっぱり。 ナスもピーマンも歯ごたえがあって甘いが、最後にじわじわと辛さがやってくる。  「ビールがほしくなるなあ」とMちゃん。 やっぱり酒かい!

料理を食べながら世間話をしていると、4月に起こった熊本地震に話題が及んだ。 彼女たちは近々、街頭募金をするという。 聞けば、クルドの男性たちは地震発生の1週間後にボランティアに出かけたそうだ。 「建設現場や解体業の仕事をしている人が多いので役に立つと思って」とグレさんは言う。 2011年の東日本大震災でも炊き出しに出かけたというので、その理由を尋ねた。

「困っている人がいたら助けるのは当然のこと。 私たちはずっと差別を受けて苦しんできたので、人の心の痛みがよくわかるんです」。 クルド人は世界に2500万~3000万人いるといわれているが、独立国家を持てずに各国に散らばり、少数民族として迫害を受けてきた。 そのため、難民として世界各地に逃れる者も多い。

トルコで生まれ育ったグレさんが来日したのは約10年前。 お兄さんが政府にいわれない疑いをかけられ、迫害を逃れてのことだった。 「そうでなくても日常的に差別を受けます。 学校にいくのも辛い。 そこでビザがなくても入国できる日本にきて難民認定を申請したんです」

蕨駅周辺にクルド人が定住し始めたのは30年近く前。 仲間意識が強いクルド人は、彼らを頼って集まってきたそうで、グレさん家族も同様にこの地にやってきた。 蕨駅から数分も歩くと川口市に入る。 実際は蕨市より川口市に居住している場合がほとんどで、これは町工場の多い川口に外国人労働者の雇用があったことが関係しているのだろう。 現在、この一帯に日本に住むクルド人の約6割が生活しているという。

しかし、トルコと友好関係にある日本で難民認定がおりるのは難しい。 年間5~10人しか認定されていないとグレさんは言う。 「認定されないと仕事に就くのが難しく、職種もあまり選べません。 健康保険がないから医者にもなかなか行けない。日本での暮らしも決して楽ではありません」

それでも、生まれ育った地に戻るつもりはないという。 「だから私たちはもっと日本を知りたいし、日本人にもクルドの文化を知ってほしい。 料理教室を始めたのもそのためです」。 この日の料理一つひとつにクルド人としての誇りが込められていたのだ。 彼らの故郷を料理の中に見た、そんな一日だった。

郷土料理ー2

=資料=

クルド小史 広範囲に分散し、定住生活を営んでいたクルド人は自らの生活圏を大国の都合で分断されていく。 16世紀に、クルド人居住区は、長い戦いの後サファヴィー朝オスマン帝国に分割された。 クルディスタンに対する最初の重要な分割は1514年のチャルディラーンの戦いの後に行われ、1639年のズハーブ条約により公式のものとなった。 第一次世界大戦前には、ほとんどのクルド人はオスマン帝国内のクルド州に住んでいた。 オスマン帝国の解体後、連合国は旧オスマン領のこの地域を分割し複数の国を作る合意と計画を行っていた。

しかし、ケマル・アタテュルクによるアナトリア東部の再占領や他の差し迫った問題が、連合国にトルコとの再交渉を認めさせた。 結果、ローザンヌ条約により、現在のトルコ共和国の国境の大部分が確定された。 これによりクルディスタンの独立の機会は失われた。 クルディスタンの他の領域は、両条約において、イギリスとフランスによる委任統治領(イラクとシリア)の内部に併合された。

1945年のサンフランシスコ会議において、クルド人の代表団は、クルド人が主張するクルディスタンの地理的な範囲を示した。 第一次世界大戦後はサイクス・ピコ協定を基本とした国際協定によりクルディスタンはいくつかの国に分割され、それぞれの国においてクルド人は少数派である。 1991年の湾岸戦争の終結時、連合国は北イラクに安全地域を創設した。 イラク軍が北部の3つの県から撤収した際に、イラクのクルディスタンはイラク内部の自治勢力として浮上し、1992年には地方政府と議会が作られた。

郷土料理ー3

 === 続く ===

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