“知のフロンティア・学究達/120”木部暢子(04/10)

◇◆木部暢子(04) /  第2回 方言は「汚い言葉」? =2/2= ◆◇

 そういえば時代的に近い1960年代を描いたノスタルジー映画「ALWAYS三丁目の夕日」に登場するヒロイン、六ちゃんは青森からの集団就職という設定で、東京でも方言丸出しで生活していた。ああいう例は、むしろ少なかったのだろうか。

 なにはともあれ、木部さんがよく知る鹿児島では、方言の「高齢化」が進んでいる。

「70代ぐらいの人でしたら、方言がすらすら出てくるんです。地域によって違いますが、60代ぐらいになると、鹿児島市ですと、バイリンガルで、共通語と鹿児島弁と使い分けてます。で、私みたいなよそ者が話しかけると、やっぱりまず出てくるのは共通語ですよね」

 そして、「30代以下は分からない」という状況になる。

 こういった悲観的なことを語りつつ、木部さんの表情はどこか柔らかい部分をつねにたたえていた。これはぼくの勝手な推測なのだが、長年関わってきた方言への思い入れなのかもしれない。

 そこで、鹿児島弁そのものについて、聞いた。

 実は、ネイティヴな鹿児島の言葉は、同じ九州の人でも、「何を言っているのか分からない」と言わしめるほど、特別だと聞いたことがある。では、いったいどんな言葉なのだろうか。もちろん、言語(方言)としての全貌を語ってももらうのは短い時間では無理だ。むしろ、木部さんの心に思い浮かぶものとして、どんな鹿児島弁があるのだろうか。

「ええっと、そう言われても沢山ありすぎて……」と木部さんは、遠くを見た。

「分かりやすい例として……最初びっくりしたのは、鹿児島では犬はワンワン鳴かないって言われたんです。ワンワン泣くのは人間だって」

 なるほど、人間がワンワン泣く(ワーンワーン泣く)のは分かる。じゃあ、犬は?

「犬は、ワンワンじゃなくて、ゴッゴッですって。まあ、そう言われると、確かにゴッゴッって聞こえないことはないですよね」

 もっとも擬声語、擬態語は、現実の音を自分の持ってる音声の枠の中のどれに当てはめて聞き取るかという問題。それが「標準語」的な「ワンワン」とは違ったという話だ。興味深いが、もう少し奥深く、鹿児島の人たちの地域性だとか、生活実感に即した表現もあるのではないか。

 木部さんが、唐突に言った。

「ヨカハダモッゴワスナ」

 え? と思う。

 何が何だか分からない。

「わたしが好きな言葉です。「はだもち」って肌のかんじ、皮膚感覚ですかね。暑くもなく寒くもなく、いい季候になりましたねという挨拶で、春と秋、とくに春によく聞く言葉なんですよ」

 よか、はだもっ(はだもち)、ごわすな。

 よい、はだもち、ですねえ。

 すごしやすい陽気ですね。意味としてはそんなところだろう。

 でも、そこに皮膚感覚がくっついている。

 たしかに、素敵な表現だ。

 今は失われつつある、地域にねざした美しい言葉。

 なんだか、ぼくは胸がきゅーんとしてしまったのだった。

次回は“第3回 今もありありと思い出すぼくの「言語喪失」体験”に続く

■□参考資料: 「いま何もしなければ」なくなってしまう(1/4) □■

木部暢子(きべ のぶこ)

福岡県生まれ。国立国語研究所・時空間変異研究系教授。「消滅危機方言の調査・保存のための総合的研究」共同研究プロジェクトリーダー。九州大学大学院文学研究科修士課程を修了後、鹿児島大学法文学部教授、学部長などを経て現職。『方言の形成』(共著、岩波書店、2008)、『これが九州方言の底力!』(共著、大修館書店)などの著書がある。

言語の記録保存と継承保存

世界の言語の約半分が「いま何もしなければ」今世紀中になくなってしまうと言われており,例えばユネスコは,そのような消滅危機言語が日本には8つあると報告しています。この報告に含まれないほぼすべての地域言語(中央語である日本語標準語以外の言語・方言)も,だんだんと使う人がいなくなっていて,消滅の危機に瀕していると言えます。言語変異研究領域では,このような日本各地の地域言語を保存するための研究を行っています。

言語の「保存」と聞いて,みなさんはどんなことを想像するでしょうか。私たちがおこなっている二つの「保存」についてお話しします。

言語の記録保存

最初に思いつく方が多そうなのは,言語の「記録保存」の方でしょうか。博物館に言語の記録資料を残すイメージです。私たちは,消滅の危機に瀕している言語の話者が健在なうちに,体系的かつ総合的な言語の記録を残す研究を,日本国内40地点で行っています。

体系的な言語の記録を残すために,まずその言語の全体像―その言語が持つ音,語や句・文をつくるための文法規則,句や文が実際の文脈の中でどのように解釈されるのか,といった体系的な記述が記載される参照文法を書くための調査を行います。

また,言語の全体像を理解するためには,総合的な言語の記録が必要です。参照文法と合わせて,例文や音声資料付きの辞書,音声や映像資料から文字化され逐語訳が付された談話資料,さらに最近では詳細な文法情報を付したコーパスも総合的な言語の記録に含まれます。

言語が消滅してしまったり,世代間継承が途絶えてしまったりしていても,このような記録があれば復活・復興させることが可能であることは,ヘブライ語やハワイ語などの例からもわかります。逆に,質・量ともにじゅうぶんな言語の記録がなければ,一度失われた言語は二度と知ることができず,次にお話しするもう一つの保存も非常に困難になります。

言語の継承保存

私たちは,言語の「記録保存」と並行して,「継承保存」のための実践研究も行っています。生きた言語は人間の頭の中にあり,個人の寿命を超えて次世代に継承されていくものなので,博物館に言語の記録が残るだけでは,生きた言語を残すことはできません。

日本国内の消滅危機言語,例えば琉球諸語はおおむね,60歳以上の人たちが日常的に話していますが,学齢期の子どもたちは話すことも聞いて理解することもできず,世代間継承が断絶していると考えられます。このような消滅危機言語の「継承保存」とは,世代間継承を再開させ維持することを意味します。 ・・・・・・明日に続く

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現代語への長い道(前半)

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“知のフロンティア・学究達/119”木部暢子(03/10)

◇◆木部暢子(03) /  第2回 方言は「汚い言葉」? =1/2= ◆◇

ある小説のため予備調査として、鹿児島県の種子島の小学校を取材したり、中学生をインタビューしたりしていた。しかし、方言札という言葉は聞かなかった。 方言札とは、いったい何なのか。ものものしく不穏な響きに、ぼくは、少し動揺しつつ、木部さんの説明を待った。

「あの頃、どんな地域でも、方言をむしろ汚い言葉として見る傾向がありました」

国立国語研究所の木部教授は言った。

木部さんがフィールド調査を始めた1980年代の日本での話だ。

日本の言語学者、特に方言研究者は、80年代からその傾向に気づいて危機感を抱いており、勉強会などを開いていたそうだから、それに先行してもっと早い時代から、「危機」の種は蒔かれていたはずなのだ。

「方言札を知っていますか」と木部さんは聞いた。

ぼくは知らなかった。

「わたしがフィールドにしていた鹿児島や沖縄は、標準語教育、共通語教育が非常に激しかったところなんです。方言札というのがありまして、学校で方言をしゃべると罰で札を下げさせられるんですよ。そういう教育を学校でやったのが、鹿児島県と沖縄県の2県なんですね」

言葉の響きからネガティヴなものを予想していたが、それでもやはり衝撃を受けた。今ならば人権侵害などと言われそうな教育方針ではないか。

「わたしが、聞いた範囲では、昭和40年代まで、学校で方言札をかけていたという人がいましたね。屋久島の方でした。市区町村の教育委員会で方針が違ったかもしれないし、学校単位で違ったかもしれないんですけど……そういう教育を盛んにやったので、方言って汚いというイメージが植えつけられちゃったわけです。だから方言をしゃべる人はいるんだけども高齢で、今、鹿児島の30代より下の人は、多分古い方言はわかんないと思いますね」

確かにそんな教育を受けたら、方言は汚いという価値観になるだろうし、子どもに伝えようとも思わないだろう。今の30代というのは、まさにそのような教育を直接受けた親の子であって、アクセントは方言でも、語彙は標準語という「からいも普通語」を話しがちとのこと。

鹿児島県の人口は100万人程度。それだけの潜在的話者がいるにもかかわらず、伝承されず、このままなら、ほんの3世代前には普通に喋られていた「鹿児島弁」「薩摩弁」は消滅するかも知れない。似たことが程度の差こそあれ日本全国でみられ、「言語の多様性の減少」が大々的に起きているというのだ。

標準語教育、共通語教育なるものが20世紀半ばに激しかった背景には様々なことがある。

大きなものとして、中央と地方のヒエラルキーが、かつてないほどくっきり際立つ社会になったこと。これは島嶼部ほど深刻で、屋久島で昭和40年代(つまり、1970年代前後)まで方言札のペナルティが課されていたのは、自分たちが最下層部にいるという危機感があったのではないかという。

「当時、集団就職というのがありました。中学や高校を出た子が集団で都会に就職していく。そのときに、就職先で馬鹿にされないようにという気遣いではあったわけです」

なるほど、時代背景ゆえの親心というか、社会的配慮というのは理解できる。方言は格下のものという固定観念がまさに固定されていたということも。

・・・・・・明日に続く・・・

■□参考資料: 日本の消滅危機言語 (3/3) □■

言語淘汰の時代に生き残るにはどうあるべきか 2/2

日本の消滅危機言語 ; 日本で代表的な消滅危機言語はアイヌ語で、「極めて深刻」と位置付けられています。沖縄や南の島々の八重山、宮古島、離島の言語の多くもそれに準じ、話者の減少が進んでいます。

文化庁 – 消滅の危機にある言語・方言
https://www.bunka.go.jp/seisaku/kokugo_nihongo/kokugo_shisaku/kikigengo/

このリストに挙げられているものは、文法としても標準日本語とは異なる特徴的な体系をいくつか持ちあわせています。文法レベルでの差異は会話の不便を生じてしまいやすいというのもあるかもしれません。

アイヌ語のいくつかは北海道の地名、沖縄にしても地名や人名などにその名残がありますが、それら固有名詞は存在しても相互運用上大きな障害となりませんから、今後も当分は消えないでしょう。

一方で同一の意味を持つものの存続はなかなか厳しいものがあります。たとえば沖縄には「美ら海(ちゅらうみ)水族館」という水族館がありますが、このちゅらとは標準語の「美しい」やあるいは「清らかな」に該当します。

このように固有名詞化されたものは その名を留めることはできますが、しかし日常会話や文中でいきなり ちゅら と言われても他地域の人では理解に困ります。〜なの形を取らないと形容詞かどうかもわからないのです。生活圏の狭い高齢者など一部を除き、結局「美しい」が優勢になってしまいます。

同じような現象は全国でも同様で、リストに上がってはいないものの着実に絶滅が危惧される単語はもっと無数にあるはずです。

以下に、無作為に50音から単語を並べてみます。特定の地域でしか使われない方言、地方により意味が異なるもの、古語など見分けがつくでしょうか。

  • あんばい / いちびる / うだつ / えずく / おんどれ / かみさん / きばる / くぐもる / けっぱる / こそばい / さらぴん / しばれる / ずらかる / せこい / そぞろ / たかる / ちょろまかす / つんのめる / でっちあげる / とらまえる / なおす / にべもなく / ぬくい / ねまき / のさばる / ぱっち / ひんしゅく / ふだつき / べらぼうめ / ほたえる / まんざら / みなぎる / むせぶ / めかた / ももひき / ややこしい / ゆかしき / ようさん / らっかさん / りこうな / ルンペン / レッテル / ろくでなし / わんぱく

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日本語の歴史(第一弾)「まず『方言』を理解しよう」【新録版】

・・・https://youtu.be/ez0A-bphKn4・・・
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